今日の大稲埕の中で昔日の繁栄を伝えている場所としては迪化老街を挙げることができる。現在は春節前に買い物客で大混雑することで有名であるが、日本統治時代は台湾の各種雑貨と茶行を中心に商店が軒を連ね、後年米行や布匹行、薬行などが進出した商業の中心地であった。

霞海城隍廟もこの地区を代表する廟である。元来は福建泉州同安下店郷五郷荘居民の鎮守神を祭っでいたが、現在では霞海城隍を主神とし、同時に三十八義勇公等なども祭られている。規模は小さく正殿と拜亭のみであるが、参拝客が途絶えることはない賑わいを見せている。この他、大稲埕教会も大稲埕旧市街地に現存している。建築樣式は福建廈門一体の西方伝教士所が建設した教会を模倣して建設されたとされている。

初期の大稲埕は台湾新文化の啓蒙の地であったが、通俗文化でも京劇、話劇、布袋戯、歌仔戯などが上演されていた。既に数十年に亘り上演されることは無かったが、現在大稲埕では帰綏戲曲公園を整備中で、これら各種地方劇の発表の舞台にしようという計画がある。